石岡のおまつり(常陸國總社宮例大祭)

毎年9月15日と敬老の日を最終日とする3日間で行われる石岡のおまつり(常陸國總社宮例大祭)ですが、今年度は、市中における神賑行事を含めて開催されるとの報告が、常陸國總社宮例大祭関係者会議からありました。

目次

開催概要とご案内

2025年開催日程2025年9月13日(土)、14日(日)、15日(月・祝)
2025年度 年番町香丸町

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安心して観覧いただくためのお願い

 各町内の皆さんは、感染拡大防止対策を行い参加していますが、感染を完全に防ぐことはできません。観覧される方におかれましても十分な感染対策を行っていただくとともに、重症化リスクの高い方は観覧をお控えいただきますようお願いいたします。また、観覧される際はマスクの着用、人との十分な距離の確保をしてください。

石岡のおまつりについて

 「石岡のおまつり」は正式には「常陸國總社宮例大祭」といい、創建千年を誇る古社・常陸國總社宮の最も重要なおまつりです。

例大祭は近世以降に様々な要素が加わり、今日まで発展してきました。延享年間(1744~47)に奉納相撲が始まり、地域経済が急速に繁栄した明治時代前半に、豪華な出し物が街なかを練り歩く、現在の基礎が固まりました。

当初は重陽の節句(9月9日)を中日とした3日間でしたが、1967年(昭和42年)に、新たに制定された祝日「敬老の日」(9月15日)を中日とする3日間に移行。 さらに、ハッピーマンデー法に伴って「敬老の日」が9月第3月曜日となった2004年からは、現行の、9月15日および「敬老の日」を最終日とする3連休(計3~4日間)に開催しています。

「例祭」だけは、従来通り、毎年9月15日(固定)に行われています。  「おまつり」期間中は約50万人の見物客で市街地は大賑わいします。

 石岡のおまつりは、「正月やお盆には帰省しなくても、おまつりには帰る」と言われるほど、出身者にとっては思い入れのある祭りで、石岡市民にとって、1年間でもっとも熱くなる日です。  

なお、歴史的な研究、学術的な調査研究内容は、櫻井明氏「常府 石岡の歴史」(1977年、石岡市教委刊)所収に詳述されています。  

「関東の三大祭」については諸説ありますが、前述の「常府 石岡の歴史」によれば、1950年代初頭からうたわれ始め、かつて霞ヶ浦の水運で結びついていた千葉県香取市(旧佐原市)の「佐原囃子」、常陸国と武蔵国のつながりから武蔵府中の「大国魂神社」(東京都府中市)で行われている「府中暗闇祭」とあわせて、「関東の三大祭」と呼ばれるようになったとされています。  

諸説の中には、その2:石岡のおまつり、佐原の大祭(千葉県香取市)、川越まつり(埼玉県川越市)。その3:東照宮千人武者行列(栃木県日光市)、秩父夜祭(埼玉県秩父市)、浜降(はまおり)祭(神奈川県茅ヶ崎市)などがあります。

石岡のおまつりを動画で紹介

石岡市公式動画

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年番制度について

石岡のおまつりは、毎年交代で務める「年番町」を中心に行われます。年番は15年に一度の輪番制で、年番町に当たる町は、おまつり最終日に前年番町から引継ぎを行い、翌年のお祭り最終日に次の年番町に引き継ぐまで、1年間、町ぐるみで神社への奉仕活動を務めます。 明治20年に4組の年番制が導入され、明治35年には現在まで続く年番制度が確立しました。

現在の中心市街地にあたり、当時の石岡町を構成した森木町、大小路町、土橋町、金丸町、守横町、冨田町、仲之内町、宮下町、青木町、幸町、國分町、中町、若松町、泉町、香丸町、木之地町の16町が各年、交代で、その年のおまつりをつかさどる当番となります。=木之地は1952年(昭和27年)に年番を辞退。現在は15町内になりました。  

「おまつり」期間中は、年番の町内に「御仮殿」(地元では「おかりや」と呼ばれる仮設のおやしろです)を設けて、初日の「神幸祭」で総社宮から大神輿が渡御。最終日の「還幸祭」で大神輿が還御するまで、御分霊(常陸國總社宮の祭神の分身)の2泊3日の市中滞在拠点となり、その年のおまつりの中心的な役割を果たします。  

神輿をかつぐのも年番町の若者の役割です。  例大祭に参加する常陸國總社宮の氏子町内には「相町」と呼ばれる、特に関係が深い町内が存在します。年番の際に協力し合い(相互扶助)、まつりの成功に努めるのをはじめ、 年番以外でもお互いの町内を訪問し合い、関係を深めます。 (各町の山車や獅子に飾る提灯列の中に、1~2つ、相町の提灯を掲げています。)  相町の組み合わせは次の通りです。

森木町―香丸町大小路―守横町
土橋町―仲之内金丸町―青木町
冨田町―国分町幸町―泉町
中町―若松町宮下町(木之地の離脱に伴い、単独に)

常陸國總社宮について

常陸国の国府が置かれた時代、石岡は政治・文化の中心地として繁栄していました。  国府の長官(国司)の重要な任務の一つに国内の神社の管理と祭事の運営がありました。  新たに就任すると、国内の各神社を訪れて神々を参拝する「神拝」という行事がありましたが、この「神拝」を行うべき国内の神社の神々を一同に集め、祀ったのが「總社」でした。

社伝によれば,常陸國總社宮の創建は天平年間とも言われ、天神地祇の六柱が祀られています。 六柱の祭神は,伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・素盞嗚尊(すさのおのみこと)・瓊々忤尊(ににぎのみこと)・大国主尊(おおくにぬしのみこと)・大宮比賣尊(おおみやひめのみこと)・布留大神(ふるのおおかみ)。これらの祭神名で国内の全ての神々をあらわしていると言われています。 このほか境内には十二末社があり、常陸国の主な祭神がここに祀られています。

例祭

石岡市の有形文化財に指定される常陸國總社宮の本殿で行われる、例大祭で最も重要な神事です。 毎年9月15日(固定)に総社宮の拝殿で氏子会長以下、神社総代や、氏子町内の代表者、各地からの来賓が参列して執り行われます。全町を代表して土橋町の獅子舞や冨田町のささらが奉納されます。観光行事はありません。

神幸祭(初日)

常陸國總社宮の御分霊(分身)が大神輿で年番町の御仮殿へ渡御する祭です。 總社宮拝殿に各町の氏子代表が参集して、発輿祭(はつよさい)を行います。 午後2時、花火を合図に大神輿が出御。氏子会町以下、全町の幌獅子まで合わせて2千人を超える供奉行列とともに年番町の御仮殿(おかりや)へ向かいます。

奉祝祭(中日)

常陸國總社宮境内では午前中、奉納相撲が開かれ、午後、神楽殿で巫女舞や、染谷の十二座神楽が奉納されます。 午後3時から駅前通で幌獅子パレード 午後6時45分から同じく駅前通で山車パレードが催されます。 午後8時半ごろ仮殿祭。神事、巫女舞、紅白餅をまきます。

還幸祭(最終日)

午後2時、年番町御仮殿より大神輿が出御し、神幸祭と同じ供奉行列で、逆コースを還御します。 午後4時、神輿が常陸國總社宮に帰着すると、神事、年番町の引き継ぎが行われます。

住所〒315-0016 石岡市総社2丁目8−1
電話番号0299-22-2233
FAX番号0299-22-3846
交通アクセス【車でお越しの場合】
・常磐自動車道 千代田石岡ICから国道6号線水戸方面へ3km
【電車でお越しの場合】
・JR常磐線 石岡駅下車 徒歩20分(約1.2km)
ホームページURLhttp://www.sosyagu.jp/

祭礼について

神輿

1989年(明治30年)9月9日、石岡市青木町の棟梁、小井戸彦五郎が制作し、平成9年9月9日、栃木県石橋町の神輿師、小川政次により修復されています。
屋根紋は16弁菊花紋、台輪寸法は4尺(約120cm)、重量は約1,000kgです。
神輿は神幸祭(初日)に總社宮の御心霊を載せ、年番町の御仮殿まで渡御します。午後2時の花火を合図に供奉行列で御仮殿に向かいます。翌日の奉祝祭(中日)にはひとまわり小さな「總社明神神輿」の巡行が行われます。

また、還幸祭(最終日)には午後2時に御仮殿を出御します。両日とも、巡行時間は2時間程度です。
神輿は供奉行列(ぐぶぎょうれつ)とともに渡御、還御します。
供奉行列は、ささらを先頭に、露祓獅子、祭太鼓、猿田彦(神霊を先導して道先案内を担う神)と続きます。最後には幌獅子が年番順に巡行します。

山車

山車

屋根のない二層~三層建てで、一層に勾欄(こうらん)を巡らせた移動型の舞台です。石岡囃子の演奏に合わせ、踊り手が舞台で踊ります。上層には、各町内独自の2mもある人形が飾られています。隣りでは人形守と呼ばれる人が刺股を持ち、低い電線や伸びた樹木などから人形を守ります。雨が降ると人形は出しませんが、山車の巡行は行います。
台座には長さ30m以上の曳綱(ひきづな)が付けられ,各町内の参加者で曳きます。
山車の舵取りは梃子きり(てこきり)と呼ばれる若者たちが行います。また、一層から上は台座の上で回転するようになっていますので、回転する舞台の上で踊る妙技も見せ場になります。

町名山車の人形
若松町八幡太郎(はちまんたろう
金丸町弁財天(べんざいてん)
守横町静御前(しずかごぜん)
幸町武甕槌命(たけみかづちのみこと)
泉町鍾馗(しょうき)
香丸町聖徳太子(しょうとくたいし)
森木町菅原道真(すがわらのみちざね)
青木町神武天皇(じんむてんのう)
大小路町桃太郎(ももたろう)
富田町楠木正成(くすのきまさしげ)
国分町仁徳天皇(にんとくてんのう)
中町日本武尊(やまとたけるのみこと)

幌獅子

幌獅子

石岡のおまつりで町内を練り歩く「幌獅子」は、大型の荷車の上に小屋があり、それに布の幌(胴幕)が掛けられています。幌の色は通常2色で、布の色で町内が分かるように各町内独自の色を使用します。この先端に獅子頭が付いていて、それを一人でかぶり持ち、舞いながら進みます。

獅子頭の大きさは町内によって異なりますが、およそ幅50~60cm、重さは20kg前後です。小屋は標準で幅2m、奥行き5m、高さ2.5mあり、その中には囃子連が乗り、大太鼓・小太鼓・笛・鉦(しょう)で奏でます。曲は単純ですが、この囃子に合わせて幌を付けた獅子が舞う姿は実に勇壮です。

小屋を付けた幌獅子は全国でも珍しく、石岡のおまつり特有のものとなっています。

ささら

ささら

県指定 無形民俗文化財/市指定 有形民俗文化財

格式高く「七度半の迎えを受けて出る」と言われ、神輿渡御の露祓い(つゆはらい)に立ちます。神社札、稲穂、真榊などで飾り、紺地に八咫烏(やたがらす)を染めぬいた幕を張った屋台で、異様な顔の三頭の獅子が舞う姿は、独特の雰囲気があります。總社宮、御仮殿などでは、屋台の外で舞を奉納します。

三匹の獅子は、老獅子、若獅子、女獅子と呼ばれています。獅子頭は全体に黒漆が塗られ、目、歯に金箔を施し、喉頭部は軍鶏の羽で覆われています。さらに、老獅子、若獅子には特異な、太く長い角がついています。

笛と太鼓のお囃子で、「通り」「一匹踊り」「念佛」「三匹踊り」が演じられています。神社・御仮殿前などでは屋台の外で、舞を奉納します

石岡囃子

石岡囃子

囃子連は15人程度で編成されます。出発前、「さんぎり」というお囃子で山車の出発合図となります。「さんぎり」は、山車の出発と、帰着後のお囃子終了時に奏でて、踊りはありません。

踊りを伴う曲として「おかめ(四丁目:しちょうめ)」「ひょっとこ(仁羽:みんば)」「きつね(新馬:しんば)」があります。
演奏は大太鼓(長胴):1、小太鼓(〆太鼓):2、笛:1、鉦:1の5人で行います。

それぞれの曲に応じて、踊り手が曲に合わせ、面白、おかしく踊ります。「おかめ」は、静かな曲でゆっくり踊ります。男性も女性も踊りますが、おかしさの中に色気のある仕草がとてもかわいさを感じます。 「ひょっとこ」は滑稽な仕草で見物客を笑わせます。

曲もリズミカルで、面も「大笑い」・「一文字」・「べろだし」など多く使われます。 「きつね」はテンポの速い曲で「切り返し」と称し、大切り・中切り・乱拍子と変化に富んでいます。踊りも勇壮で2匹、3匹と出て、 一緒に踊ることもあります。

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