■泰寧寺には江戸時代の勤王学者である山県大弐の墓があります
○山県大弐(やまがただいに)の墓 (茨城県指定史跡)
山県大弐は、江戸時代の勤王(尊皇)学者である。 享保10年(1725)甲斐国(山梨県)に生まれ、27歳の時、江戸に出て儒学と兵学を講じ「柳子新論」を著わして幕政批判に及んだ。 当時、幕政批判は一切許されず、当然、弾圧の対象となり、明和4年(1767)に捕らえらえられて処刑された。時に43才。これが歴史上有名な明和事件である。大弐の門人は全国的に多く3千人にも及んだと言われるが、その一人根小屋(旧八郷町)出身の園部文之進らがひそかに師の首をはこび、この泰寧寺(泰寧寺)境内に葬ったものである。
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