1854年、初代山内権右衛門が創業。筑波山系からの伏流水が湧き出し「府中六井」と呼ばれる名水があったためです。鉄分を含まない中軟水のこの水は、酒造りに最適とされました。同酒造では現在、敷地内にある自家井戸水を仕込水として利用しています。
一度は姿を消した古里に伝わる幻の酒米「渡舟」を探し当て、わずか14gの種籾を増やし、逸品と評価を受ける日本酒を作り出しました。この米の栽培は非常に難しく、復活した渡舟を原料米とするのは全国でも府中誉だけです。癖のある酒米から一流の味を醸し出す。米へのこだわりは、この蔵の酒造りの姿勢にも反映されています。
つくば市の農水省農業生物資源研究所に冷蔵保存されていた種籾を譲り受け、栽培を始めました。
酒米・渡舟は、現在の高級酒の最適米とされる「山田錦」の親に当たります。濃醇な酒を造るすぐれた酒米として明治から大正にかけて全国で栽培されていましたが@病気に弱いA収穫が食米より1ケ月遅いB稲穂が倒れやすい−など栽培が難しく、"絶滅種"扱いとなっていました。渡舟の栽培に適している山間の谷津田を所有する農家(旧八郷町)が栽培を引き受けてくれることになりました。わずかだった種籾も2年後には十数Kgまで収穫され、復活米・渡舟による念願の独自の酒造りが始まり、現在の渡舟に至っています。 |