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2011年(平成23年)
石岡のおまつりは

9月17、18、19日に開催し、
無事、終了しました。

ことしも多くのご観覧をいただき、
ありがとうございました。

来年2012年(平成24年)は

9月15、16、17日の予定ですが、
正式に決まり次第、ご案内いたします。

来年の年番町は金丸町です

 

今年もたいへん多くの皆様におこしいただき、ありがとうございました。

石岡のおまつり

本年、2011年(平成23年)は

9月17、18、19日に開催します

17日(神幸祭)18日(大祭、県高校相撲選手権大会、幌獅子、山車パレード)19日(還幸祭)

供奉行列(17日、19日開催)の順路が決まりました

 9月17日 「神幸祭」=午後2時、供奉(ぐぶ)行列が常陸国総社宮境内を出発。                  
                 御霊(みたま)をお乗せした神輿(みこし)を年番町(説明は下記)の御仮殿にお送りします。

 9月18日 「大 祭」=午前10時半 境内の相撲会場で奉納相撲「県高校相撲選手権大会」を開催。

                  午後 1時   明神(みょうじん)神輿の宮出し。市街地に向かい出御します。
                           明神神輿の出御と同時に、境内 神 楽 殿で、
                                「浦安の舞」 「染谷十二座神楽」を相次いで奉納します。

                   午後3時    幌獅子のパレード(駅前通り)
                   午後7時     山 車 のパレード(駅前通り)

「おまつり」期間中、最もにぎわう一日です。

 9月19日 「還幸祭」=午後2時、供奉行列が御仮殿を出発。常陸国総社宮への帰途に就きます。

 なお、境内での「例大祭」は9月15日に行われます。市街地での催しはありません。
 「敬老の日」(祝日)を9月15日と定めていた2003年までは、同15日を中日とした3日間に「おまつり」が開かれていました。ハッピーマンデー法の施行に伴い、2004年9月以降、「おまつり」期間が曜日で規定されることになりましたが、神事を曜日で規定することはありません。したがって、境内での例大祭神事だけは、当時同様に、毎年9月15日に行われています。常陸国総社宮で年間を通じて最も大きな神事です。

2010年(平成22年)の模様は9月18日@9月18日A9月19日9月20日をそれぞれクリック。

2011年 石岡のおまつり紹介 リーフレット[PDF]

2011年 石岡のおまつり紹介 新リーフレット[PDF]

2011年 石岡のおまつり紹介パンフレット

2011年 石岡のおまつり紹介チラシ(PDF) 交通規制図(PDF) new!

2011年 石岡のおまつり紹介チラシ1(JPG) & 交通規制図(JPG) =画像をクリックすると拡大します=

 「石岡のおまつり」は天下泰平、国家安穏、萬民豊楽、五穀豊穣を願うおまつりです。

 常陸國總社宮で行われていた相撲祭が発展し、地域経済が急速に繁栄した明治時代前半に、豪華な出し物が街なかを練り歩く、現在の基礎が固まりました。当初は重陽の節句(9月9日)を中日とした3日間でしたが、1967年(昭和42年)に、新たに制定された祝日「敬老の日」(9月15日)を中日とする3日間に移行。さらに、ハッピーマンデー法に伴って「敬老の日」が9月第3月曜日となった2004年からは、現行の、「敬老の日」を最終日とする3連休に開催しています。

 ただ、境内で行う「例大祭」だけは、曜日の概念が神社にはなじまないことから、従来通り、毎年9月15日に行われています。

 「まつり」期間中は約40万人の見物客で市街地は大賑わいします。石岡市を訪れる1年間の観光客のほぼ半分が、この3日間に集中します。石岡のおまつりは、「正月やお盆には帰省しなくても、おまつりには帰る」と言われるほど、出身者にとっては思い入れのある祭りで、石岡市民にとって、1年間でもっとも熱くなる3日間です。

 なお、歴史的な研究、学術的な調査研究内容は、櫻井明氏「祭礼の伝承―常陸総社宮祭礼―」=「常府 石岡の歴史」(1997年、石岡市教委刊)所収=に詳述されています。

 ちなみに、キャッチフレーズでもある「関東の三大祭」は、1950年代初頭からうたわれ始めました。かつて、霞ヶ浦の水運で結びついていた千葉県香取市(旧佐原市)の「佐原囃子」、常陸国と武蔵国のつながりから武蔵府中の「大国魂神社」(東京都府中市)で行われている「府中暗闇祭」とあわせて、石岡側が独自にPRを展開。その後、市民の間で石岡以外の二つが様々に置き換わりながらも「関東の三大祭」のキャッチフレーズだけは一貫して続いてきた戦略的なPRの成果と言えます。

御仮殿

年番制度について    平成23年の年番は土橋(つちばし)町です。

 石岡のおまつりは、毎年交代で務める「年番町」を中心に行われます。年番は15年に一度の輪番制で、年番町に当たる町は、おまつり最終日に前年番町から引継ぎを行い、翌年のお祭り最終日に次の年番町に引き継ぐまで、1年間、町ぐるみで神社への奉仕活動を務めます。
 現在の年番制度は1887年(明治20年)に確立しました。

 現在の中心市街地にあたり、当時の石岡町を構成した森木、大小路、土橋、金丸、守横、富田、仲之内、宮下、青木、幸、國分、中、若松、泉、香丸、木之地の16町が各年、交代で、その年のおまつりをつかさどる当番となります。=木之地は1952年(昭和27年)に年番を辞退。現在は15町内になりました。

 「おまつり」3日間、年番の町内に「御仮殿」=地元では「おかりや」と呼ばれる仮設のおやしろです=を設けて、初日の「神幸祭」で総社宮から神輿が渡御。3日目の「還幸祭」で神輿が還御するまで、御魂の2泊3日の市中滞在拠点となり、その年のおまつりの中心的な役割を果たします。

  年番制度は当番(年番)町に人手、財政ともに多大な負担をもたらすことから、「相町」(あいちょう)という助け合いの制度もできました。年番の際に協力し合い(相互扶助)、まつりの成功に努めるほか、年番以外でもお互いの町内を訪問し合い、関係を深めます。
(各町の山車や獅子に飾る提灯列の中に、1〜2つ、相町の提灯を掲げています。)

相町の組み合わせは次の通りです。

森木町―香丸町   大小路―守横町   土橋町―仲之内   金丸町―青木町   
富田町―国分町   幸町―泉町      中町―若松町

宮下町(木之地の離脱に伴い、単独に)

年番森木町

 総社宮について

 常陸國の国府が置かれた時代、石岡は政治・文化の中心地として繁栄していました。
 国府の長官(国司)の重要な任務の一つに国内の神社の管理と祭事の運営がありました。新たに就任すると、国内の各神社を訪れて神々を参拝する「神拝」という行事がありましたが、この「神拝」を簡略化するため、国内の神社の神々を一同に集め、祀ったのが「總社」でした。

 社伝によれば,常陸國總社宮の創建は天平年間と言われ、天神地祇の六柱が祀られています。六柱の祭神は,伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・素盞嗚尊(すさのおのみこと)・瓊々忤尊(ににぎのみこと)・大国主尊(おおくにぬしのみこと)・大宮比賣尊(おおみやひめのみこと)・布留大神(ふるのおおかみ)。それぞれ東西南北天地として国の全部を網羅し、国内の全ての神々を表しています。

 このほか境内には十二末社があり,常陸國の主な祭神がここに祀られています。


○例祭・・・境内での神事です。毎年9月15日(固定)に総社宮拝殿で石岡市祭礼関係者、各町内代表者が参列して執り行われます。観光行事はありません。
○神幸祭(初日)・・・總社宮の御神体(御魂)を神輿で年番町の御仮殿へ渡御する祭です。總社宮本殿に各町の氏子代表が参集して、発輿祭(はつよさい)を行います。午後2時、花火を合図に神輿が出御。供奉行列とともに年番町の御仮殿へ向かいます。
○大祭(中日)・・・境内では午前中、茨城県高等学校相撲選手権大会(奉納相撲)が開かれ、午後、神楽殿で浦安の舞や、染谷の十二座神楽が奉納されます。夜8時に仮殿祭。神事、巫女舞、紅白餅をまきます。
○還幸祭(最終日)・・・午後2時、年番町御仮殿より神輿が出御し、神幸祭と同じ供奉行列で、逆コースを帰社(還御)します。神輿が本殿に帰着すると、神事、年番町の引き継ぎが行われます。

 

2011年版

石岡のおまつり リーフレット(PDF)

石岡のおまつり リーフレット(PDF) 最新版


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2011年版

石岡のおまつり交通規制図(PDF)

石岡のおまつり案内チラシ(PDF)

石岡おまつり案内チラシ1(JPG)  交通規制図(JPG) =画像をクリックすると拡大します=

供奉(ぐぶ)行列順路/17日 神幸祭/18日 還幸祭

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